ファッションを喰う者・喰われる者

数十ヶ月、服に着られた人と着こなす人について

GUINESS色のジャージはシャンパンの夢を見る

しゃ

会いに行くと約束した日も、会いに行く日も、会う理由もきっかけもとうにに忘れてしまった。

それでも、カレンダーに「仙台」と書かれた日はやってきた。

 

大学2年生の冬、仙台に降り立つ。バスを降りて地面に薄く張られた氷をパキパキと既にこの季節から消えてしまった茶色く霞んだ落ち葉を踏むように、重たい足取りで踏みつけて、割る。

横浜発の夜行バスでは、北上していくごとに車内の温度が下がり、気のせいか隙間風を感じた。格安夜行バスで1人につき1枚配られるブランケットではその寒さは防げなかった。

結局、一睡もできないまま到着してしまった。

地面はところどころアスファルトが剥き出しになっていたり、氷が厚くなっていたりと凹凸が続いており、上手く歩けない。キャリーケースを引きずりながら、目の下にぽっかりとできたクマ気配を感じながら歩きだす。

 

構内も凍てつく寒さだった。まだ夜明け前の薄暗い空を憎たらしく見つめながら、そっと息を吐く。

白群の靄が呼吸のリズムと交互に空に浮いては溶けていく。

 

そう言えば、到着時刻は彼に伝えていなかったかもしれない。

このまま凍えるわけにもいかず、スマホを取り出して彼とのやり取りを眺める。

「6時ころに着くと思う」

自分から送ったひんやりとした文面が最後に残っていた。

これでは、待つことになっても仕方ない。

「6時ころ」「着くと思う」

こんなに短いやり取りの中の90%に不確実性さが含まれている。

 

キャリーケースを握っていいたすっかり冷え切った右手。隣にキャリーケースを置いて

スマホに持ち替える。

随分と歩みが遅かったのか、太陽が昇る速度が速いのか。

柔らかなシャンパン色の陽光が誰かの手から放たれた短冊やテープのように流麗に散らばった。

 

「紫」

私の名前を呼ぶ声。

逆光で彼の表情は見えないが、優しいその声は笑っていた。

 

 

 

「電車が遅延したんだ。待たせてごめん。朝ごはんでも食べようか。」

そう言うと彼は私のキャリーケースを引いて歩きだした。

 

ブラックともブラウンとも言えない、スタウトビールの色のジャージを着て

彼は私のほうへ向かってきた。

 

あぁ、どうしてこんなに眩しいのだろう。

色もサイズも彼にぴったりとは言えない。パーソナルカラー診断でもしたら誰かはきっとNGと言うだろう。

なぜそのジャージを選んだのか、私を迎えに来たのか、理由はどうでもいい。

 

時に身に纏うものは着る人によってコーディネート由来のアンバランスさや相性の悪さを超える。

 

「夜」

 

彼の名前を口にした。

最後に会ったのはいつだろう、君に話したかったことは山ほどあったのに忘れた。

それほど月日が経っていたのに心の奥底、あなたが大切な人である記憶が溢れ出して言葉になった。

 

「元気にしてた?会いたかった。」

 

「そんなに?いつもそっけないくせに。何だよ。」

 

特に返事もせず、お互いを見つめながら彼の最寄り駅へと向かう。

 

恋はきっと盲目。相手の身に纏うものさえ気にならないくらい、人本来の魅力を掻き立てる。

ファッションはその犠牲。相手を見つめる目を逸らして自分の未熟さや相手への冷めていく気持ちを、時にはそのアンバランスさに投影し、傷つける原因と作り上げる。